西久保姓
にしくぼ
調査・監修 佐久間令宗成り立ち 地形系更新 2026年10月
この姓の起こり
「久保」は、もとは「窪(くぼ)」と書きました。まわりより一段低く落ち込んだ土地のことです。
窪の字では見栄えがしないからでしょう、「久しく保つ」という縁起のよい字が当てられて、久保になりました。大久保、久保田、久保――みな同じ作りのお名前です。
西久保は、村の西にある窪地、あるいは西へ向かって開いた窪地に住まわれた家が名乗りました。方角の名には、いつも「どこから見て」があります。西久保と呼んだ人は、その窪地の東側に住んでいたことになります。
窪んだ土地には、水が集まります。田を開くには都合がよく、しかし大水のときには真っ先に浸かる。そういう場所で暮らした家です。
武蔵国の江戸にも、西久保という町がありました。愛宕山の西にあたる窪地で、江戸時代には武家屋敷と町屋、寺院の入り交じる一角でした。ほかにも各地に西久保の地名が残り、一つの家から広がったのではなく、西の窪地のあるところで、それぞれに起こっております。
成り立ちの型 地形系山、田、川、谷。
土地の姿が、そのまま人の名になりました。
地図ではなく、景色から生まれた名です。
分布
この姓は、詳しい調査をこれから進めます。
ご希望をお寄せください。お家に伝わる家紋・ご宗派・ご先祖の土地から、系統を辿ってまいります。
系統が何本あるかは、調べてみなければ申せません。
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公式LINEを開く調査・監修 佐久間令宗(姓氏研究家)/ 合同会社和氣流開明学館
本ページに記しましたのは、いずれも典拠を確かめえたことのみです。文献に未詳のものは「未詳」と記します。
記載は調査の進展にあわせて改めてまいります。更新の日付を本文上部に掲げております。