遠山姓
とおやま
調査・監修 山名令修成り立ち 地名系更新 2026年8月
この姓の起こり
美濃国恵那郡の遠山荘――いまの岐阜県、恵那から中津川にかけて広がった荘園でございます。
藤原利仁の流れを汲む加藤景廉の子、景朝がこの荘の地頭となり、土地の名をとって遠山を称しました。鎌倉のはじめのことでございます。
荘(しょう)とは、貴族や寺社の私有の領地のこと。その荘を預かった家は、やがて荘の名でそのまま呼ばれるようになります。武士の家の名の多くは、こうして土地から生まれました。
一族は岩村・苗木・明知などに分かれて城を構え、遠山七頭とも呼ばれております。江戸の町奉行として名高い遠山景元も、この流れから出た旗本の家でございます。
遠い山、と書きます。都から遠く、霞んで見える山を、古くはそう呼びました。
成り立ちの型 地名系土地の名が、そのまま人の名になった。
日本の姓で、いちばん多い成り立ちです。
分布
この姓は、詳しい調査がこれからでございます。
ご希望をお寄せください。お家に伝わる家紋・ご宗派・ご先祖の土地から、系統を辿ってまいります。
系統が何本あるかは、調べてみなければ申せません。
姓氏研究レポート ¥48,000(系統所見を含みます。お申し込みをいただいてから調べます)
公式LINEで姓をお送りいただいた方には、その姓の記載を改めたときにお知らせいたします。一覧に無い姓のご希望も、LINE でお受けしています。
公式LINEを開く調査・監修 山名令修(姓氏研究家)/ 合同会社和氣流開明学館
本ページに記しましたのは、いずれも典拠を確かめえたことのみでございます。推し量って補ったところはございません。文献に未詳のものは「未詳」と記します。
記載は調査の進展にあわせて改めてまいります。更新の日付を本文上部に掲げております。