佐久間令宗ブログ / 見えない世界の理ことわり

言霊と日本語の母音――音声学で分かっていることと、先人の受け止め

万葉集が「言霊の幸はふ国」と呼んだ日本語の母音について、音声学と神経科学で確かめられている事実と、言霊についての先人の考えや私の受け止めとを分けて整理した論考です。

公開 2026年10月26日更新 2026年10月26日約10分で読めます

この論考の要旨

日本語が母音で終わる音節を基本とし、5つの母音が口の形による共鳴の違い(フォルマント)として物理的に記述できることは、音声学で確かめられています。一方で「日本語話者は母音を言語脳で聴く」という角田理論や、母音の発声が脳幹や迷走神経に直接働くという説明は、追試や検証が十分とは言えず、事実として言い切れません。確かめられているのは、ゆっくり長く息を吐く発声が自律神経の働きに影響するという範囲までです。私はこの事実と、「言」と「事」を同じ「こと」と呼んだ先人の言語観とを重ね、祝詞の一音一音を丁寧に響かせることを、身体と心を整える実践として受け止めています。

万葉集の巻5に、山上憶良の長歌があります。

そらみつ 大和の国は 皇神の 厳しき国 言霊の 幸はふ国と 語り継ぎ 言ひ継がひけり

『萬葉集』巻5・894 [^1]

「言霊の幸はふ国」とは、言葉の霊力が幸いをもたらす国という意味です。8世紀の歌人は、日本を言葉の力が現実に働く国として語り継ぎました。この一節は、言霊という考え方が古代から日本人の自己認識の中心にあったことを示す、確かな文献上の根拠です。

ただし、ここから先は慎重に進む必要があります。言霊を「科学が証明した」と語る文章は少なくありませんが、研究で確かめられていることと、先人の信仰や私自身の受け止めとは、はっきり分けて書くべきものです。本稿では、まず音声学と神経科学で分かっている事実を確認し、次に確かめられていない説を仕分けし、最後に私の受け止めを述べます。

01日本語は母音で終わる音を基本とする言語である

日本語の音節は、撥音「ん」と促音「っ」を除けば、原則として母音で終わります。「さ・く・ら」「や・ま・と」のように、一音ごとに母音の響きが置かれる構造です。英語の strength のように子音が連続する音節を持つ言語と比べると、同じ長さの発話の中で母音が占める割合が高くなります。これは音韻論の基本的な記述であり、争いのない事実です。

日本語の母音は「あ・い・う・え・お」の5つです。ただし、5母音という体系は世界的に見て珍しいものではありません。世界の言語の母音体系を調べた調査では、5つ前後の母音を持つ言語が最も多く、日本語はむしろ標準的な部類に入ります2。「日本語の母音は世界で2番目に少ない」といった言い方を見かけますが、正確ではありません。日本語の特徴は母音の数が少ないことではなく、母音で終わる音節がほぼすべてを占めるという構造のほうにあります。

02母音の正体はフォルマント、すなわち共鳴のパターンである

「あ」と「い」の違いは、物理的には何なのか。これは音響音声学が明確に答えを出している問いです。

声帯の振動で生まれる音の高さ(基本周波数)は、母音によってほとんど変わりません。成人男性でおおむね100〜150Hz、女性で200〜250Hzの範囲です。母音を母音たらしめているのは、声帯で生まれた音が口の中という「管」を通るときに起こる共鳴です。舌の位置と口の開き方によって声道の形が変わり、特定の周波数帯が強調されます。この強調された帯域をフォルマントと呼び、低い方から第1フォルマント(F1)、第2フォルマント(F2)と呼びます34。

日本語の5母音は、このF1とF2の組み合わせで区別できます。「あ」は口を大きく開くためF1が高く、おおよそ700〜800Hz付近にあります。「い」は舌を前の高い位置に置くためF2が高く、2,000Hzを超えます。「う」と「お」はF1が低く、なかでも「お」はF2も低くなります。「え」は「あ」と「い」の中間です。数値は話し手の性別や年齢、個人差で動くため「およそ」としか書けませんが、母音が5つの異なる共鳴パターンとして物理的に記述できること自体は、音声学の定説です35。実際、音声合成の分野では、基本となる振動にフォルマントを再現するフィルターをかけるだけで、機械から母音を聞き取ることができます。

ここまでが、音声学で確かめられている事実です。母音には固有の「波動」や「周波数」があるという言い方を見かけますが、正確には、母音は単一の周波数ではなく、話し手ごとに異なる複数の共鳴の組み合わせです。「あの音は何Hz」と1つの数で決まるものではありません。

03角田理論は仮説であり、定説とは言えない

言霊を科学で語る文章で、必ずと言ってよいほど引かれるのが角田忠信博士の研究です。角田博士は1970年代に、日本語を母語とする人は持続する母音を左脳で処理し、欧米語の母語話者は右脳で処理すると発表しました。さらに、虫の声や川のせせらぎも日本語話者は左脳で聴くとし、この処理の型は人種ではなく、育った言語環境で決まると主張しました。角田博士は、ポリネシアの言語を母語とする人も日本語話者と同じ型を示すとしています6。

この説は魅力的で、万葉以来の自然観と結びつけたくなります。しかし本稿では、これを事実として扱いません。角田博士の実験は独自の方法で行われたもので、他の研究者による追試で広く確認された理論とは言えないからです。脳科学の分野では、母語によって脳の情報処理の仕方に違いが生じること自体は認められていますが、「日本語話者は母音や虫の声を言語脳で聴く」という形で定説になっているわけではありません。角田理論は、確かめられた事実ではなく、検証の途上にある仮説として読むのが誠実な態度だと私は考えています。

04発声と自律神経について、研究で分かっていること

次に、声を出すことが身体に与える影響です。ここにも、確かめられていることと、そうでないことの線があります。

解剖学的な事実として、迷走神経(第10脳神経)は脳幹から出て、喉頭、心臓、肺、消化管へと枝を伸ばしています。声帯の動きを担う反回神経は迷走神経の枝であり、外耳道の一部に分布する耳介枝もあります7。したがって、声を出す行為に迷走神経が関わっていること自体は、解剖学の範囲で言えます。

研究として確かめられている範囲で、興味深いものが2つあります。1つは、2001年に英国医学雑誌に載ったベルナルディらの研究です。ロザリオの祈りやヨガのマントラをゆっくり唱えると、呼吸が1分あたり約6回まで遅くなり、心拍の変動や血圧の揺らぎが呼吸と同調することが示されました8。これは、ゆっくり長く息を吐きながら声を出すことが自律神経の働きに影響する、という知見です。

もう1つは、2011年にインドの研究者カリヤニらが行った小規模なfMRI研究です。「オーム」を唱えたとき、扁桃体や海馬などの大脳辺縁系の活動が下がり、「ssss」という子音だけを発した対照条件ではその変化が見られませんでした。研究者たちは、この違いを迷走神経の耳介枝への刺激によるものではないかと推測しています9。

ここで正確に書いておきます。この研究は12人を対象とした予備的なもので、研究者自身が「推測」として述べたものです。母音の振動が迷走神経を介して脳幹に働く、という説明は、この研究の結論ではなく、研究者の仮説にとどまります。「母音を発すること自体が脳幹に作用する神経刺激装置である」と言い切ることは、現時点の研究ではできません。言えるのは、ゆっくり長く息を吐く発声が自律神経に影響すること、そして声を伴う唱えに脳活動の変化を見た研究があること、この2点までです。

05祝詞の一音一音を、どう受け止めるか

ここからは、事実の確認を離れ、私の受け止めを書きます。

祝詞は大和言葉を基本として組み立てられ、ほぼすべての音節が母音で終わります。たとえば大祓詞に出てくる「祓へ給ひ清め給ふ」を一音ずつに分けると「は・ら・へ・た・ま・ひ・き・よ・め・た・ま・ふ」の12音になり、すべてが母音で閉じ、5つの母音がすべて含まれ、口を大きく開く「あ」が最も多く現れます。祝詞の奏上は、一音を長く引き伸ばし、ゆっくりと息を吐きながら行います。これは、先に見たベルナルディらの研究が示した「ゆっくり長く息を吐きながら声を出す」条件と重なります。

私はここに、先人の知恵を見ます。古代の人々は迷走神経もフォルマントも知りませんでした。しかし、母音を丁寧に長く響かせる発声法を、祈りの形として磨き、守り伝えてきました。その発声法が、現代の研究で自律神経に影響すると分かっている条件を満たしているのは、偶然ではないと私は受け止めています。

古代の日本語では、「言」と「事」は同じ「こと」という語で表されていたと、国語学の辞典は説明しています10。言葉を発することと、事が起こることとを、先人は1つのものとして捉えていました。これを「生理学的事実」と呼ぶのは行き過ぎですが、声を出せば呼吸が変わり、呼吸が変われば心拍と情動が変わるという範囲でなら、「言」が「事」に連なるという先人の感覚には、現代の研究と重なる部分があると言えます。私は、万葉の歌人が「言霊の幸はふ国」と言ったとき、言葉が現実に働くという実感が、こうした身体の手応えに支えられていたのではないかと考えています。

現代の日本語は、早口になり、音が省略され、母音が削られています。「ありがとうございます」が「あざす」と縮まるとき、失われるのは丁寧さだけではなく、一音一音を響かせる時間そのものです。朝、神棚の前で祝詞を奏上すること、あるいはただ「あー」と声を出して胸に響く振動を感じることを、私は科学的な治療法としてではなく、先人が祈りの形に残した身体の調え方として勧めます。1,000年を超えて受け継がれてきた発声は、根拠を後から確かめられるかどうかにかかわらず、私たちの身体にとって馴染みの深いものです。

言霊を語るとき、科学の言葉を借りて言い切りたくなる誘惑は常にあります。しかし、確かめられていることを確かめられた範囲で書き、先人の考えと自分の受け止めをそれとして書くことこそが、言葉を大切にする態度だと私は考えています。それが、「言霊の幸はふ国」に生きる者の、言葉への礼儀です。

参考文献

  1. 1小島憲之・木下正俊・東野治之校注『萬葉集②』新編日本古典文学全集7、小学館、1995年、巻5・894番歌。↩
  2. 2Maddieson, Ian. "Vowel Quality Inventories." In: Dryer, M. S. & Haspelmath, M. (eds.), *The World Atlas of Language Structures Online*, Max Planck Institute for Evolutionary Anthropology, 2013。↩
  3. 3Ladefoged, Peter & Johnson, Keith. *A Course in Phonetics*, 6th ed., Wadsworth/Cengage Learning, 2011。↩
  4. 4Fant, Gunnar. *Acoustic Theory of Speech Production*, Mouton, 1960。↩
  5. 5川原繁人『「あ」は「い」より大きい!? 音象徴で学ぶ音声学入門』ひつじ書房、2017年。↩
  6. 6角田忠信『日本人の脳――脳の働きと東西の文化』大修館書店、1978年。↩
  7. 7Standring, Susan (ed.). *Gray's Anatomy: The Anatomical Basis of Clinical Practice*, 41st ed., Elsevier, 2016。↩
  8. 8Bernardi, L. et al. "Effect of rosary prayer and yoga mantras on autonomic cardiovascular rhythms: comparative study." *BMJ*, 323, 2001, pp. 1446–1449。↩
  9. 9Kalyani, B. G. et al. "Neurohemodynamic correlates of 'OM' chanting: A pilot functional magnetic resonance imaging study." *International Journal of Yoga*, 4(1), 2011, pp. 3–6。↩
  10. 10大野晋・佐竹昭広・前田金五郎編『岩波古語辞典 補訂版』岩波書店、1990年、「こと」の項。↩

静かに、手を合わせてみてください。

よくあるおたずね

母音ごとに決まった周波数があり、その周波数が身体の特定の場所に働く、というのは本当ですか。
母音は1つの周波数ではなく、話し手ごとに異なる複数の共鳴(フォルマント)の組み合わせとして記述されます。特定の母音が身体の特定の場所に働くことは、研究で確かめられていません。
日本人は虫の声を言語脳で聴く、という話は事実ですか。
角田忠信博士の仮説として知られていますが、他の研究者による追試で広く確認されたものではなく、定説とは言えません。
祝詞を唱えると心が落ち着く氣がするのは、氣のせいですか。
ゆっくり長く息を吐きながら声を出すことが自律神経の働きに影響することは、研究で示されています。祝詞の奏上はその条件を満たす発声なので、落ち着きの実感には身体的な裏づけがあると考えてよいと思います。

この記事のことば

言霊(ことたま)
言葉に宿ると信じられてきた霊的な力のことです。この記事では、万葉集に見える古代日本人の言語観として扱い、科学で証明されたものとしては扱っていません。
フォルマント
声道の共鳴によって強調される周波数帯のことで、母音の違いを生み出す音響的な特徴です。低い方から第1、第2と番号で呼びます。
迷走神経(めいそうしんけい)
脳幹から出て喉頭・心臓・肺・消化管に広がる第10脳神経で、副交感神経の主要な経路です。
祝詞(のりと)
神事で神前に奏上する古い言葉による文章です。大和言葉を基本とし、一音を長く引いて唱えます。
用語集を見る

この記事を読んだ方へ

ご自分のお名前を、見てみませんか。

画数診断を試す

姓名鑑定 13,200円から

改名 66,000円から

赤ちゃんの命名 66,000円

お申し込みは、合同会社和氣流開明学館で承ります。

この記事を書いた人

佐久間令宗さくま れいしゅう

和氣清麻呂公の流れを汲む和氣生京先生の祈りを受け継ぎ、祖霊祭と土地・建物の神事を執り行っています。また、広島を拠点に、地震鎮めと世界平和を祈る活動をしています。

著者について詳しく

いのりの宮で、ご一緒に

毎月1日と15日の朝7時に、拝神を配信しています。LINEにご登録いただければ、どなたでも無料でご覧いただけます。

LINEに登録する