佐久間令宗ブログ / 見えない世界の理ことわり

連載AIは人間を正気に戻すか 全2回のうち第2回

信用が崩れたとき、人はもう一度、人に出会う

信用が崩れることは、終わりではなく始まりかもしれません。画面の向こうを信じられなくなった人間が何を取り戻すのかを、日本人の信の文化とご先祖様とのつながりから考えます。

公開 2026年11月7日更新 2026年11月7日約7分で読めます

この論考の要旨

私たちは資本主義の歯車として、相手をその人自身ではなく、肩書や数字といった付属物で見るようになりました。AIがその付属物をたやすく偽れるようにした今、信用は顔の見える人と人の関係へ還っていくと私は考えています。日本には頼母子や五常講のように、互いを頼みにする金融の仕組みが古くからあり、さらに時間をさかのぼれば、自分が今ここにいるという事実そのものが、命をつないだ先祖の証です。私は、不確かな見えないものを信じてきた時代から、見えないけれど確かな存在に氣づく時代へ移っていくと受け止めています。

01私たちはいつから、人を肩書で見るようになったのか

前編では、資本主義が信用の上に建っていること、そしてその信用の多くが画面の向こうの電子の記録に預けられていることを見てきました1。ここで、もう一つの事実に目を向けたいと思います。私たちは、人そのものもまた、画面の向こうの記録で見るようになっていたということです。

会社では役職、市場では年収や資産、ネットの上ではフォロワーの数や星の評価。初めて会う相手を、私たちはその人が語る言葉や振る舞いよりも先に、相手に付いている肩書や数字で測ろうとします。多くの人と速く取引するには、そのほうが効率がよいからです。私はこれを、人間が資本主義の歯車になっている姿だと見ています。歯車は、形と大きさが合いさえすれば、誰であってもかまいません。

ところがAIの時代には、まさにその付属物こそが、いちばんたやすく偽れるものになりました。前編で取り上げた香港の事件で、社員が送金したのは、画面の向こうに「最高財務責任者」という肩書と、見慣れた顔と声がそろっていたからです2。肩書も顔も声も偽物でありうるなら、付属物はもう信用を保証してくれません。

では、何が残るのか。それは、付属物を外した相手そのものです。その人が何を語り、どう振る舞い、約束を守ってきたかを、時間をかけて確かめ合う関係です。私は、信用の崩壊が、私たちにもう一度、人として人に出会い直す機会を与えていると考えています。

02信用は、どこへ還っていくのか

実際、偽物を見抜く手立てとして多くのセキュリティの解説が勧めているのは、送金や大切な依頼について、こちらから電話をかけ直す、直接会って確かめるといった、依頼とは別の経路で本人に確かめることです3。

これは技術の話のようでいて、実はとても古い知恵への回帰です。どれほど精巧な仕組みを重ねても、最後に頼りになるのは、互いを知り、顔を合わせてきた人と人の関係だということです。仕組みに預けすぎた信用は消えるのではなく、こうして人と人の間へ還っていくのだと私は考えています。

03日本人は、信用をどのように育ててきたのか

日本には、人と人の信頼を土台にした金融の仕組みが、古くからありました。その一つが頼母子です。仲間が決まった日に掛金を出し合い、くじや入札で受け取る人を決め、全員に行き渡るまで続ける民間の互助の仕組みで、鎌倉時代に成立し、江戸時代に広まったとされます4。その名は「頼もしい」という言葉から来ていると説明されています4。どの時代の仕組みにも光と影はありますが、互いを頼みにできることをそのまま金融の名にしていたという事実に、私は日本人の信用観の原型を見ます。

江戸時代の後期、1814年には、二宮尊徳が小田原藩の家老服部家で互助の金融の仕組みを作りました。これは五常講と呼ばれ、日本の協同組織金融の源流の一つに数えられています5。五常とは仁・義・礼・智・信の五つの徳のことで、その最後に信が置かれています。お金を貸し借りする仕組みの名に、徳の名を掲げたのです。

近代に入ってからも、この考え方は途絶えませんでした。渋沢栄一は『論語と算盤』で、道徳と経済は切り離せないものだと説きました6。私は、これらを過去の美談としてではなく、信用が揺らぐ時代に立ち返るべき原点として読むべきだと考えています。

04いちばん確かな「見えないもの」とは何か

ここで時間の軸を、さらに後ろへ伸ばしてみます。顔の見える人との信頼よりも、さらに確かなつながりがあるからです。

あなたには父と母がいます。その父母にも、それぞれ父と母がいます。単純に数えれば、10代前の世代だけで1,024人、20代前の世代では100万人を超える人々が、あなたへと命をつないできたことになります。実際には、同じ人が家系の中に何度も現れるため、異なる人の数はこれより少なくなりますが、どの道筋のどの一人が欠けても、今のあなたはいない、という事実は変わりません。

私が強調したいのは、これが信仰ではなく事実だということです。ご先祖様の顔を、私たちは見ることができません。名前さえ分からない方がほとんどです。それでも、その方々が確かに生き、命をつないだことは、あなたが今ここにいることによって証明されています。家系図という記録は書き換えられても、命がつながってきたという事実そのものは、どんなAIにも偽造できません。

日本人は、この見えないつながりを長く大切にしてきました。民俗学者の柳田國男は『先祖の話』で、日本人が亡くなった人の霊を遠い世界へ送り出すのではなく、子孫の近くにとどまって見守る存在として受け止めてきたことを論じています7。

05古き良きものを更新した未来は、どのような姿か

私は、これからの時代が、昔の暮らしにそのまま戻ることだとは考えていません。AIも電子の記録も、これからさらに私たちの暮らしに入り込んでいくでしょう。大切なのは、それらを信用の土台にするのではなく、道具として使うことです。

土台には、付属物を外した人と人の信頼を置く。そして、そのさらに奥に、見えないけれど確かなご先祖様とのつながりを置く。自分がどこから来たのかを知る人は、目先の数字に振り回されにくくなります。命をつないでくれた方々に恥じない生き方をしようとする人は、画面の向こうで誰も見ていないときにも、自らを律することができます。私は、こうした人が増えることこそが、信用を本当の意味で立て直す道だと考えています。

頼母子が「頼もしさ」を名に掲げ、五常講が「信」を掲げたように、これからの経済もまた、人として信じるに足る生き方の上に築かれていくはずです。古き良きものを捨てるのでも、懐かしむだけでもなく、新しい道具とともに更新していく。私はそこに、AIの時代の先にある未来を見ています。

資本主義のもとで、私たちは不確かな見えないものを信じて生きてきました。その信用が揺らぐ今こそ、見えないけれど確かな存在、ご先祖様に氣づき、その道を歩み始めるときなのかもしれません。あなたは、この先の未来に、どの道を選びますか。

参考文献

  1. 1本連載の第1回「顔も声も偽物になる時代、資本主義を支える「信用」が崩れ始めた」を参照。↩
  2. 2Kathleen Magramo「British engineering giant Arup revealed as $25 million deepfake scam victim」CNN、2024年5月16日。↩
  3. 3クリスタルメソッド株式会社「AIハッキングで情報漏洩が相次ぐ?日本・世界の主な被害一覧【2026年7〜10月】」2026年10月22日更新、 https://crystal-method.com/blog/ai-hacking-data-breach-2026/↩
  4. 4『精選版 日本国語大辞典』「頼母子」小学館(コトバンク)、 https://kotobank.jp/word/頼母子↩
  5. 5信金中央金庫 地域・中小企業研究所「今、改めて考える信用金庫の源流 二宮尊徳がつくりあげた報徳思想の実践」2016年6月30日、 https://www.scbri.jp/reports/.assets/finance_20160630.pdf↩
  6. 6渋沢栄一『論語と算盤』角川ソフィア文庫、2008年。↩
  7. 7柳田國男『先祖の話』筑摩書房、1946年。↩
前の回顔も声も偽物になる時代、資本主義を支える「信用」が崩れ始めた

静かに、手を合わせてみてください。

よくあるおたずね

昔の暮らしに戻るべきだということですか?
いいえ。私は、AIや電子の仕組みを捨てるのではなく、道具として使いながら、信用の土台を人と人の信頼とご先祖様とのつながりに置き直す未来を考えています。
頼母子とは何ですか?
仲間が掛金を出し合い、くじや入札で順番に受け取る民間の互助の金融の仕組みです。鎌倉時代に成立し、江戸時代に広まったとされます。
ご先祖様を意識することは、経済とどう関係するのですか?
私は、自分がどこから来たのかを知る人は、目先の数字に振り回されにくく、誰も見ていないところでも自らを律することができると考えています。そうした人が増えることが、信用を立て直す土台になると見ています。

この記事のことば

頼母子(たのもし)
仲間が掛金を出し合い、くじや入札で順に受け取る民間の互助の金融の仕組みです。頼母子講、無尽ともいいます。
五常講(ごじょうこう)
二宮尊徳が始めた互助の金融の仕組みです。仁・義・礼・智・信の五つの徳にちなんで名づけられました。
祖霊(それい)
家の祖先の霊のことです。この論考では、見えないけれど確かに命をつないできた存在として受け止めています。
報徳(ほうとく)
二宮尊徳の教えで、受けた恩や徳に、自らの行いで報いることをいいます。
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この記事を書いた人

佐久間令宗さくま れいしゅう

和氣清麻呂公の流れを汲む和氣生京先生の祈りを受け継ぎ、祖霊祭と土地・建物の神事を執り行っています。また、広島を拠点に、地震鎮めと世界平和を祈る活動をしています。

著者について詳しく

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